3

 まるで正体を探られるのをやんわりと拒んでいるかのような、ミステリアスな佇まい。だからこそ余計に好奇心をそそる。これは、そういうアルバムである。英語で歌う人たちなのかと思いきやフランス語が耳に飛び込み、国籍は不詳。冒頭から男女の声が重ねられていて、メンバーはふたり共シンガーらしい。そしてシネマティックなドリーム・ポップを基調にしつつ、時折エッジィなギターやファンキーなビートで驚かせ、『3』というタイトルは回答を提供するどころか、さらにたくさんのクエスチョンを投げかけるだけ。例えばそれは、“三”なのか、“three”なのか、それとも“trois”なのか? 「僕にとっては“trois”だけど」と笑うのは、本作でここに正式にデビューを果たすUn Son Douxの片割れで、このタイトルを提案した東京在住のフランス人ミュージシャン、Jonathan DGXだ。「1枚目のアルバムで、ジャケットにはふたり写っていて、タイトルは『3』。“なぜなんだろう?”って、みんなが思うだろうね」。女優としてもお馴染みのもうひとりメンバー、紺野千春は次のように補足する。「“3”という数字は、魂・精神・肉体の三位一体、高い神秘性、新しい生命といったポジティヴな意味を持っていて、面白いなと思ったんです。ワールドワイドに通じるタイトルで、外見的にも目に留まりますし」。
 つまり我々聴き手に解釈は委ねられているわけだが、Un Son Douxそのものも、いい意味で捉え難い存在だ。アルバムを1枚作り上げた今、彼ら自身も、自分たちが秘める可能性をゆっくりと認識し始めているようなところがあるのかもしれない。
 まずはそんなふたりの経歴を、簡単に振り返っておこう。洋楽を幅広く聴いて育ち、学生時代からバンドで歌ったりもしていた紺野は、2007年に立花ハジメや屋敷豪太をメンバーに擁したTHE CHILLにフロントウーマンとして参加。フロントウーマンとして参加。その後結婚・出産を経てさらに映画やテレビの世界で活躍する傍ら、ソロ名義のアルバムを2枚(2011年の『Evening train』と2013年の『海が運ぶもの』)を送り出している。
 他方のJonathanは、音楽歴は長いものの、プロのミュージシャンとして正式に作品をリリースするのは、今回が初めて。11~12歳の頃にニルヴァーナの『ネヴァーマインド』に触発されてギターを弾き始め、のちにほかの楽器も独学で習得し、友人たちとバンド活動を楽しんでいたという。日本で暮らすようになったのは「想定はしていなかったけど、言わば運命だった」と語る彼、東京でも趣味として楽曲制作を続行していた。そんなふたりを引き合わせたのは、共通の知人である日本人のプロデューサー。そして、彼のディレクションのもとに制作された、新旧フレンチポップのカヴァーのコンピレーション『Café du Passage』(2016年/紺野がかつてナビゲーターを務めていたラジオ番組『Le Passage』と連動する作品だ)でコラボを行ない、あの名曲『男と女』などを一緒に歌った。これを機に、長年ひとつの音楽的アイデアを暖めていた紺野が、Jonathanを誘う形でユニットが誕生する。
 「THE CHILLでやっていたことが原点ではあるんですが、私は声を張り上げるタイプのシンガーではないと思っていて、自分が歌いやすい自然な歌い方で、抑えた感じでありながらエネルギーを発信できるような、静かな世界観の音楽をやってみたかった。そういう感覚をJonathanに伝えたら、すごくうまく汲み取ってくれて。好きな音楽をやりとりしている間に感覚的に通じるものを見出し、世界観も共感できて、ふたりでやってみたいと思うようになったんです」。
 若い頃のバンドでは専らインディ・ロックを志向していたJonathanにしてみれば、女性シンガーと組むのも、紺野が提案した、ビーチ・ハウスやシガレッツ・アフター・セックスに列なるようなサウンドを作るのも、初めての試み。それどころか、前もって方向性を定めて、それに則って音楽作りに取り組むのも初挑戦なのだとか。「普段はあくまで僕自身が楽しむために、自分の気分が向くままに音楽を作っているし、色んな意味で初めての体験だったよ」。それでも、古典的なシャンソンからクラシックに至るまで多彩な音楽を愛する人であるがゆえに、コンポーザーとしての引き出しの数には事欠かなかった。逆にチャンレジを楽しんで曲作りをスタートし、紺野の歌声そのものからも、大いにインスピレーションを得ている。「耳を傾けていると様々な感情が湧いてきて、たくさんのアイデアが得られたよ。女性シンガーと組むのが初めてだからこそ、刺激を受けたのかもしれないね」。
 こうして始動したUn Son Doux(アン・ソン・ドゥー=フランス語で“甘い調べ”を意味する)は、2018年3月に4曲入りデジタルEPをそっと世界に送り出し、さらに1年を経てここにファースト・アルバムが完成。『River Flows』にシンガー・ソングライターの山田タマル(ギター)、『Last Views in My Eyes』にバイオリニスト兼シンガーのReina Kitada(バイオリン)が関わっているほかは、Jonathanがギタリストとして腕を振るいつつ、サウンド・プロダクション&アレンジを一手に手掛け、ふたりのインティメートなコラボレーションで生まれた12の曲を収めている。その成り立ちは一様ではなく、紺野の曲にJonathanが歌詞乗せたり、Jonathanの曲に紺野が歌詞を乗せたり、或いは、Jonathanが独りで作詞作曲を行なったり……。散文詩に近い紺野の日本語詞を、フランス語や英語に丁寧に訳した曲もあれば、最初からフランス語や英語で書いたケースもある。また、それらをふたりでユニゾンで歌ったり、会話のようなデュエットに仕立てたり、時にはラップやスポークンワードを織り交ぜることもある。とにかくどの曲も時間をたっぷりかけて、音と言葉をひとつひとつじっくり吟味して構築し、質感にこだわり抜いてミックスを施して仕上げられたものだ。
 そう、これほどに曲調に幅が出たのも、時間をかけたからこそ。当初はUn Son Douxのデフォルトと呼ぶべき、ダウンテンポで浮遊するトーンが支配的だったというが、ライヴ・パフォーマンスを視野に入れて徐々に抑揚を加え、ディスコの独自解釈(『La Musique』)や、Jonathanが青春時代に鳴らしていた音に近いのであろうインディ・ロック(『The Childhood Friend』)、クールなエレクトロニカ(『Six Ailes』)などなどが、ゆるやかな流れを時折乱す。そして、『River Flows』の地中海的な趣や、『Always』もしくは『Last Views in My Eyes』のセンチメンタルなシャンソン調の旋律は、ヨーロピアンなフィーリングを醸し出してやまない。  そんな中で、全編を束ねて揺るがぬアイデンティティを与えているのは、やっぱりふたりのヴォーカルである。曲によってセルジュ・ゲンスブール&ブリジット・バルドー、フランソワーズ・アルディ&ジャック・デュトロン、新しいところではThe xxのオリヴァー・シム&ロミー・マドリー・クロフトあたりを想起させたりもする、スモーキーで肩の力が抜けたふたつの声の相性は絶妙で、寄り添ったり離れたり、立ち位置を常に変えていくその関係性にこそ、Un Son Douxの醍醐味があるんじゃないだろうか?
 最後に、リリシストとしてのふたりにも触れておこう。独りで自分と向き合う時間を設けて作詞作業に集中するという紺野の言葉は、ポエティックで映像性に富み、Jonathanの言葉には、『Black Matter』が好例で、観念的かつスピリチャルな面が往々にしてある。そして、前者のポジティヴィティと後者のメランコリーが微妙なコントラストを成しているようにも思うのだが、彼らの場合、スタジオで様々な組み合わせを試しながら、ヴォーカル・パートの分担を決めているそうで、必ずしも各自自分が綴った歌詞を歌っているとは限らない。翻訳のプロセスで、新たなニュアンスを帯びることもあるだろう。Jonathanの言葉を紺野の声が、紺野の言葉をJonathanの声が伝え、複数の言語が交錯し、国境やジェンダーの境がボカされて、いつしか甘い調べが紡ぎ出されるのである。

2019年4月 新谷洋子 
 (メンバーの発言は筆者が行なったインタヴューより抜粋)


Un Son Doux - 3

- Our Love
- La Musique
- River Flows
- Black Matter
- My Dear
- Six Ailes
- The Childhood Friend
- Gold
- Une Lumière dans le Silence
- Always
- Last Views in my Eyes
- Coquillages

Listen & Download

iTunes

Spotify

Amazon Music